5月半ば、昼ごはん後のひとこま。3歳組の男児二人が「カクレンボ シヨウ」と始めまし
た。一人が顔をおおって「イーチ、ニィー・・」と数え始めると、もう一人は、そこから
2mばかり離れた処で鬼にお尻を向けてうずくまり、両手で顔をおおうと「モウ イイヨ」。
10数え終わった鬼は振り向きざま、「ミッケタ~!」と指さす。そこで役割交代。「イ
ーチ、ニィー、・・」の間に、元・鬼さん、同じく2mほど離れた壁際で顔をおおって
鬼に背を向けて立つと、「モウイイヨ」。
自分に回りが見えない時、回りからも自分は見えない、と感じる。たった今、見つかる
自分を体験しても、自分が隠れる番になると同じことをする。・・幼い子どもが‘いま’
の世界に(のみ)生きていることをまざまざと見せてくれた場面でした。‘いま’が全て!
だからこそ、‘いま’の一瞬一瞬が この上なく重く、大事なのです。

