彌生3月。「彌生」とは{植物が「彌」いや・おい(生)}(=ますます盛んに生い茂る)、の意味だとか。日本国では櫻前線と称して櫻の開花を伝える風習が近年盛んですが、櫻と限らず、植物全般が勢いを増して育って行く時、の意でしょう。しかし、最近の日本で果たして植物の育ちが大事に考えられているか、大変疑問に感じます。代々木公園の100年超の木々を切り倒してそこを家にしよう、の案があるし、わが家近くの公園も、小さいながら櫻と欅が多くあって花と新緑が美しく、秋は吹きよせる落ち葉の掃除が暫く大変ではありましたが、落ち葉はそれぞれ美しく、街中で「自然」が感じられて有難いことでした。それが、公園を1年閉ざして木を伐りまくった結果、今、我が家では、カーテンは10cmしか開けられない。さもないと、見えるのは醜いビルだらけ。10センチの隙間に1本の木を捉えて背景のビル群をごま化す、しかなく、悲しい。木を失った公園は土も殆ど失せ、何やら人工の(手や靴の汚れない)素材で埋めつくされ、お子様むけの人口素材の小山などが設置されて、朝からたくさんの保育園児たちが遊んでいます。ホントの土を掘ることも、泥んこ遊びをすることも知らず、小奇麗に! 最近の子どもたちに、さまざまなアレルギーや、対人関係の取れない子どもが増えているのも、ヒトが自然の一部であり、また、本来、幼児期の長い・集団で支え合って生きる動物の一種であることを失念した結果に由来するのでは?と、根本に立ち戻って考え直す必要を痛感させられます。